これまでにメタボ・肥満の主な共通原因は、私たちの動かなくなった生活スタイル、運動の不足および、急激な食の欧米化にある事がみえてきました。

では、その「急激な食の欧米化」のルーツと背景には、一体なにがあるのでしょう?
日本とアメリカ合衆国の場合を考えてみたいと思います。

アメリカ合衆国の場合

アメリカ合衆国を語る時、忘れてはならないのがイギリスの存在です。
100人の貧しいピューリタンがメイフラワー号で、イギリスから北米大陸へ渡ったのは有名な話ですね。

現に、世界でプロテスタント(カトリック教会から分離したキリスト教諸教派の一つ)の割合が最も高いのはアメリカ合衆国です。

北ヨーロッパ諸国(イギリス、ドイツ、北欧諸国)、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといったイギリス連邦国、太平洋諸島でも高く、メタボ・肥満率の高い国と、かなり重なります。

ファストフード・ジャンクフードはなぜ誕生したの?

プロテスタントは食に関しても、カソリックとは違い、(地理、気候的、誕生の背景もあり)質素に済ませる教えがあると言われます。

そのようなプロテスタントの地盤に(だから)、産業革命がおこり、母子共々、1日20時間などの、長時間労働に縛られたようです。

必然的に、手軽で高カロリーなもを簡単に済ませるという食文化となったとしても納得です。美食やスローフードが発達する余地は、なかったようですね。

その後の、マクドナルドに代表されるような、ファストフード、ポテトチップスに代表されるようなジャンクフードの誕生も、「高いカロリーの食べ物を、いつでも、どこでも、誰でも、安く買い求める事ができて、さっと食べられる!」まさに理想の食べ物、食スタイル、という訳だったのでしょう。

政治的な流れも?

そのほかに、政治的な流れもあったようです。
イギリスのマーガレットサッチャー政策は、貧富の差の拡大を増長する面もあったようで、貧困層が安価で高カロリーなジャンクフードやファストフードを求めることに拍車がかかったようです。

アメリカではかつての政府による農家への補助金ばらまき政策により、甘味作物、コーン、等の過剰生産が起き、炭酸飲料、ジャンクフードなど高カロリー食の価格下落も招いたようです。

また、ロナルド=レーガン大統領の、小さな国家政策も、イギリス同様、貧富の差の拡大を招いたといわれます。

日本の場合

日本は、メタボ・肥満に関しての歴史は、幸いまだ浅いと言えそうです。

敗戦後、今日の目覚ましい復興をとげるために、国民全体が勤勉に拍車をかけられる社会構造となってしまった事は、丁度、プロテスタントと産業革命の現象と似ているようにも感じます。

また戦後の、欧米諸国との関係性により、文化や生活スタイルの急速な欧米化が、メタボ・肥満という副産物を誕生させたのかもしれません。

「魚と米」の食文化だった日本、大きな変化のきっかけは敗戦後?

アメリカによる経済援助の多くが小麦などの食料供給に充てられ、この小麦の輸入が、後の日本でのパン食の普及への大きなきっかけとなりました。

1955年頃からの高度経済成長で生活は豊かになり、食生活の洋風化も急速に進みました。
そして1986年には米の消費量が戦前の半分以下の71kg(一人当たり消費)にまで落ち込みました。
「肉および乳製品」の総量が供給量ベースで、「魚介類」を追い抜き、「米と魚」という日本食のイメージは大きく変化しました。

同時に、バブル景気による食生活の多様化で、ファミリーレストランやファーストフードのチェーン店が各地に出現、コンビニエンスストアの展開等により、調理済みの食品を、手軽に供給できるシステムの「中食」は、孤食という食事形態の普及も、今日では極めて高い需要を得ています。
またインスタント食品の普及も見落とせないですね。

長寿のおじい・おばあで有名だった沖縄県に何が?

それを一足先に、体現しているようなのが、沖縄県です。
沖縄県は、かつて、元気なおじい、おばあが暮らす、日本一の長寿県として有名でした。
しかし、最近ではその名声も声をひそめた感がありませんか?

それはどうも、戦後の長い間、沖縄がアメリカに統治されてしまった(昭和20年~昭和47年)歴史との関係があるようです。
アメリカの食文化が急激に流入したためかも、しれないですね。

メタボ・肥満に潜む貧困問題

メタボ・肥満の誕生の背景には、地理、気候と共に、宗教及び、産業革命、といった長い歴史との関りがあり、また、政治・政策とも関連しているようですね。
そして、その根底には常に「貧困」という大きな社会問題が存在しているようです。

日本の場合、食の欧米化以前からの、長い歴史と伝統を持った、和食文化があります。
ありがたいことに、それはファストフード・ジャンクフードとは反対側にある、理想的な食文化です。